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 河原地英武 第2句集『憂国』



  この度、伊吹嶺主宰河原地英武先生による第2句集『憂国』がふらす堂より出版されました。
 この句集には、平成25年より平成30年に至る6年間に発表された作品のうち、300句が収録されています。そして、第1期:平成25年~27年、第2期:平成28年~29年、第3期:平成30年と3部構成になっています。
 句集を手に取って先ず驚くのは、『憂国』という句集名です。表紙の中央、横いっぱいに書かれた硬質な漢字2文字。ベージュ色の表紙と幅広のえんじ色の帯にかかるように『憂国』と書かれています。句集名とシンプルなデザインがよく合っています。

 帯文には句集名となった俳句と由来が次のように書いてあります。

 
 憂国の友に注ぎたり花見酒  第1

「時局的な問題に関心をもち、この国の将来に危機感を募らせている。それがときどき作品にも現れているようだ。三島文学の愛読者ではないけれども、わたしのそんな思いを表題に込めた次第である。」

 
 半月の朱いろに滲む敗戦日    第1
  愛国の自問自答や時雨来る    第1
  ホースより水のむ人や原爆忌   第1
  年末の授業改憲論じ合ふ     第1
  子規堂へ土足で上がる敗戦日   第1期・自選
  痛きほど絞る雑巾開戦日     第2
  厚切のパンはいびつに敗戦日   第2
  川底にひしめく石や原爆忌    第3


「憂国」という言葉を頼りに句を選んでみました。戦争にかかわる季語の句が多く見られました。「終戦」ではなく、「敗戦」と言い切るところに主宰のお考えが窺われます。「終戦」という曖昧な言葉を避け、責任ある言葉を使うべきだというのでしょう。大学で国際政治学の教鞭をとっておられることも関係していると思われます。

 
 口のなか乾く講義や寒四郎    第1
  卒業す手擦の一書師に返し    第1
  初夏の教卓に置く腕時計     第1
  討論は白熱バレンタインの日   第1期・自選
  緑さす学長室に優勝旗      第1
  後ろより荒き鼻息大試験     第1
  短日の教員室でパン齧る     第1
  獣めく黒髪立たせ受験生     第2

 自分の職業を詠むことはなかなか難しいものがあります。仕事をしていて、そこに詩を見つけ出そうという心の余裕はありません。しかし、主宰は大学でも句材を得て、作句しておられます。いつでも、どこでも詩を見出して、句を詠む姿勢は我々も学ぶべきではないでしょうか。

  胃薬にむせびてゐたる三日かな  第1
  面接にゆく子マフラー固く巻き  第1
  不器用に切りたるバター寒明忌  第2
  天井の蜘蛛御落さんと定規取る  第2
  熱帯夜ウツボカズラに虫食はす  第2
  文机の位置を窓辺に今朝の秋   第3
  ひぐらしや十字に縛る廃棄本   第3


 いつでも、どこでも詩を見出す姿勢はご家庭にも及びます。人の営みの多くは、職場と家庭です。つまり、主宰にとって、日常の生活が大きな作句の場となっているのです。そして、特別なことはありません。ごくありふれた普通の生活の中のものを詠んでいます。どこにでも詩はある。要はその詩を日常の中から見出す心構えが大切だと思います。

 
 筍を三和土に寝かせて先斗町   第1
  木屋町の橋の花屑履き落す    第2
  哲学の道の向うを初蝶来     第2
  嵐山夏うぐいすの鳴き止まず   第2
  鱧天や祇園の空は青く暮れ    第2
  秋日濃しガラス瓶に手毬飴    第2
  鐘おぼろ芸妓は小さき包み抱き  第3
  六道の辻をよこぎれり梅雨の蝶  第3


 主宰が勤めておられる大学は京都にあります。京都といえば、日本の心の故郷ともいえる地で、風物に事欠きません。言わば京都は句材の宝庫です。見逃す手はありません。機会を捉えて詠んでおられます。吟行は日常を離れるわけですが、京都はさしずめ小吟行と言ったところでしょうか。しかし、祭りなどの行事の句はほとんどありません。やはり日常を詠んでいます。

 
 雪しまく餘部駅の小座布団    第1
  てのひらに余る薬莢春愁ひ    第1
  ピロシキの辻売り睫毛凍らせて  第1
  雉鳴くや島点々と瀬戸の海    第2
  炊事場に出入りの猫や遍路宿   第2
  春陰や磯の匂ひの一揆の地    第3
  花の雨白目剝きたる磔刑図    第3
  夏ひばり明日香の空を急降下   第3


 特別な行事を詠んでいる吟行句は見当たりません。地名やその土地を示すものがないと、吟行句かどうか分からないほどです。主宰にとっては、吟行と言っても日常の延長のようです。その土地の風物に触れ、詩を感じたら詠む。ただそれだけなのでしょう。どこでも、何でも、見聞きしたもので詩を感じたら句にする。見習いたいものです。

 最後に、帯文に掲載されている自選句を紹介します。10句掲載されていますが、まだ紹介していない8句です。


  蒼穹のかすかに鳴れり昭和の日  第3
  空のいろ映し海月は砂浜に    第2

 
 夜学子の一音鳴らすピアノかな  第3
  薄日さす電話ボックス欣一忌   第3
  荒星や一気に干せる火酒の盃   第2
  新聞を買ひに宿出る漱石忌    第1
  古書店に主とふたりクリスマス  第1
  勤王の志士の本持ち煤逃す    第2


発行所:ふらんす堂
発行人:山岡喜美子
B6 ソフトカバー装
163頁 300句
定価:本体2300円+税

著者の河原地英武氏

【申込み方法】
直接著者へ葉書、FAXのいずれかによりお申し込みください。

〒525-0027
滋賀県草津市野村5-26-1  河原地英武 宛
FAX:050-3737-8623

◇詳しいことは直接著者にお問い合せください。
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