この度、角川書店より、櫻井幹郎さんの第7句集『菊月夜』が上梓されました。平成9年に退職記念に刊行された『定年期』以降、令和2年までの25年間の作品の中から栗田顧問より選句された380句が収められています。
この句集の題名の『菊月夜』は、次の句から栗田顧問が命名されました。
手を握りゐるも介護や菊月夜 平成23年
櫻井さんはこの句集名に大変感激され、「この句の存在感が大きくなった感じがします」と述べていらっしゃいます。
句集全体を見ますと、美術関係、奥様の句の多いことが印象的です。
忙中の閑二科展を二度めぐる 平成28年
なほ励む傘寿の画業秋深む 平成28年
はかどらぬ絵を殴りたき夜半の春 平成30年
どの絵にも青ある個展秋深し 平成30年
櫻井さんの描かれるテーマはずっと「曼荼羅」です。そして「青」が、櫻井さんのキーワードだと言うことが分かります。
幸うすき妻の手とらむ紅葉山 平成10年
手にとりて小さし妻の手袋は 平成11年
春帽子老いても笑窪失はず 平成26年
入院の妻よ空房明易し 令和2年
これらの句を読むと、奥様を本当に愛していることが分かります。櫻井さんが奥様を詠むときの小道具として、「手袋」「帽子」があることが分かります。奥様は昨年から入退院を続けられていますが、一日でも早く回復されることを私たちは願っています。
次に母上の句も多くあります。特に母上が亡くなられたときの句を読むと、身につまされます。
杖の母見守る介護始めかな 平成15年
春眠の母もう覚めぬ北枕 平成20年
花冷や鬼籍の父のもとへ母 平成20年
新盆会母が来てゐて見えぬなり 平成20年
なお母上のことは、奥様の『自註句集櫻井勝子集』に詳しく詠まれています。
櫻井さんは「伊吹嶺」に入会されて以降、主に岐阜句会で活躍されました。
揚ひばり天のあちこち突きやぶり 平成18年
水面ゆく蛇や五体を一本に 平成20年
独楽放つ一瞬紐が棒となり 平成27年
「天のあちこち突きやぶり」「五体を一本に」「紐が棒となり」いずれも物の把握がユニークで、発想の転換は私たちの真似の出来ない技量です。いずれも岐阜句会の皆さんに評判でした。
また櫻井さんは場面展開に秀でていて、その詠み方は見事と言うしかありません。
自動ドア開きいきなりの冬の海 平成15年
外厠までの五六歩螢の夜 平成29年
雲海は自動ドア出て百歩ほど 平成29年
ここで特に「自動ドア」の使い方にやはりユニークな観察眼があります。「外厠」の句などは、場面展開の技法を使いながら、幻想的な雰囲気が醸し出されています。
最後に若き日の想い出に繋がる句もあります。
紙魚走り出る若き日の同人誌 平成13年
扇持ち来て使はざる寺の句座 平成13年
若き日の友の名並ぶ句誌曝す 令和2年
この同人誌と句誌は、櫻井さんが中心で刊行された「青炎」のことです。この名前を聞くと、私も若き日のことがありありと浮かんできます。そして「寺の句座」の句は必ずしも昔の回想句ではないかもしれませんが、私にとって、岐阜公園の中腹にあった禅林寺が「青炎」の句会場でした。
以上簡単に『菊月夜』の紹介をしました。
(国枝隆生)
令和3年6月
発行所:公益財団法人 角川文化振興財団
発行者:宍戸健司
B5版 217頁
定価:本体2970円(税込) |
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櫻井幹郎さん近影
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【申込み方法】
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〒494-0007
愛知県一宮市小信中島字郷西720
櫻井幹郎
電話:0586-61-0548
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