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いぶきネットの四季


 いつも伊吹嶺HPを閲覧していただきありがとうございます。
 以前のこのコーナーは、わたしたち「伊吹嶺」の師である沢木欣一先生と細見綾子先生、そして「伊吹嶺」の顧問である栗田やすし先生の3名の俳句をテーマに、随筆風に書いた記事を掲載していました。

 令和3年1月からはその内容を改め、インターネット部員が行った吟行を俳句と写真を添えて紹介していきます。
 吟行は非日常のことです。そのために心が新たな気持ちになり、普段見慣れている物でも新鮮に感じられて句作につながります。このコーナーが皆様の良き吟行ガイドになり、吟行への誘いとなれば幸いです。

 沢木欣一先生と細見綾子先生、栗田やすし先生の俳句にちなんだ記事は、
下記の案内をクリックしてください。平成24年から29年の間連載され、俳句の鑑賞、思い出、あるいは季語にまつわる体験談などを俳句にちなむ写真を添えて書いてあります。

                       インターネット部長  新井酔雪

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令和3年2月

瀧山寺鬼まつり

 岡崎市滝町に鎌倉時代から800年に渡り続けられている天下泰平、五穀豊穣の火祭り。岡崎に居住し「瀧山寺鬼まつり」に詳しい新井酔雪さんの案内を受けて吟行する。

 参加者は国枝隆生さん、新井酔雪さん、松原和嗣さん、それに私安藤一紀の4人。

 初めての火まつりを現地で吟行、直会付きの夜吟で何時もと違った高ぶる気持ち。
厚着して午後3時に名鉄東岡崎駅バス乗り場に集合する。同所から米河内(よなごうち)行きの名鉄路線バスに乗車、臨時バスも出るがほぼ満員のバスに約30分で瀧山寺に到着。
徒歩の3分で仁王像(運慶快慶の作)のある吉祥陀羅尼山 薬樹王院 瀧山寺(天台宗)の三門に着く。
 すでに「松明行列」の出発を待つ十二人衆、孫鬼の子役と提灯に紋付き袴で帯刀姿の名主、白法被姿の祭り衆4〜50人を取り囲んで見物の人出があり祭機運が盛り上がっている。程なく和太鼓の触れを合図に境内まで1kmの街道を「松明行列」が出発する。


→松明を運ぶ行列は境内へ 祭の幕開だ!  ほら貝、半鐘太鼓を「ほらーほい」の掛け声に合わせかき鳴らし参道を上がる 孫鬼面の子役さんから追儺飴を頂く…  → 境内での太鼓奉納 → 仏前法要 → お札振り → 鬼塚供養 → 豆まき → 庭まつり → 火まつり のスケジュール、途中で直会の精進料理を頂き、その場の庫裏で句会を行った。

 
地元消防団の放水で、本堂の屋根はもちろんずぶ濡れ、火災、延焼防止の措置“準備万端”です。
大迫力の「火まつり」は、是非とも現地で味わって下さい。
(吟行日 R.2.2.1)(安藤一紀記載)


    むつまじや孫鬼の撒く追儺飴     一紀
    本堂の床踏み鳴らす鬼やらひ     和嗣
    長刀の空を切りたる会陽かな     酔雪
    下萌に松明据ゑて祭待つ       隆生


R3年の「鬼まつり」一般観覧は中止


      


令和3年1月

  熱田神宮界隈

 初詣を兼ねて熱田神宮界隈を吟行した。メンバーは国枝隆生さん、安藤一紀さん、松井徒歩さん、松原和嗣さん、そしてわたし新井酔雪である。
 
行程は地図上で約4kmであるが、実際には13000歩強歩いているので9km近い。

   
・西高蔵駅(地下鉄)→高蔵公園→青大悲寺→段夫山古墳・白鳥古墳
     →白鳥庭園→宮の渡し公園→熱田神宮→名鉄神宮前駅


 西高蔵駅を出発し、高蔵公園を通って青大悲寺(せいだいひじ)に向かう。駅から500mほどで青大悲寺という尼寺に着く。この寺は如来教といって、この地の「きの」という女性が、享和2年(1802)に神懸かりになって開いた新興宗教である。原罪という概念を持ち、開祖の説法は御教様と呼ばれ名古屋弁である。この寺には室町時代に鋳造された鉄地蔵がある。県の指定文化財でありほぼ等身大である。
 
境内に入ると、金毘羅堂の前の盛り砂に松の枝が挿してあった。
「これは何?門松がわり?季語は松飾?」
「それは鳥総松といって、門松の後に門松の松を挿すんだ」と誰かが言った。
 まだまだ知らないことが多い。勉強になった。皆さん熱心に句帳に書き込んでいたが、わたしは1句も作れなかった。

 
次の断夫山古墳(だんぷさんこふん)は、青大悲寺のすぐ近くで熱田神宮の北側にある。柵がめぐらしてあり、一周してみる。雑木がこんもりと茂っている。東海地方最大の前方後円墳で国史跡指定である。
 250mほど南の白鳥古墳は熱田神宮の西側にある。この古墳は白鳥となってこの地に戻った日本武尊の伝説の墓である。一般には白鳥御陵とも呼ばれている。県内で最初に造られた大型前方後円墳であり、県下第3位の規模を誇る。古墳の隅のあちこちが宅地造成で削り取られていて残念に思った。

 白鳥古墳の西隣の白鳥庭園は、平成元年開催された世界デザイン博覧会のパビリオンの庭園として整備され、平成3年に完成・オープンした。 大きな池を中心に配置した池泉回遊式の日本庭園で、都市公園内の庭園としては東海地方随一の規模を誇る。
 池には錦鯉がいたが、冬なので動きは鈍い。そして、池の底は緑の絨毯を敷き詰めたように苔のような水草生えていて、そこに鯉の影がくっきりと映っていた。
「こんなに影がくっきりと。きれいだな」
「本当だ。緑に影がくっきりと。初めて見た」
徒歩さんは句帳を手に相槌を打った。
 庭園の松には雪吊がしてあった。
「名古屋はさほど雪が降らないのに、雪吊なんか必要ないのでは」
「観光用だよ。兼六園なんかの真似だね」
国枝さんがペンで雪吊の松を指した。
 ここは1年中楽しめる庭園で、吟行地としてなかなか良いと思った。休憩と句作を兼ねて汐入(しおいり)亭で抹茶を楽しんだ。

 白鳥庭園を後にし、南へ1kmほど行くと宮の渡し公園に着く。ここは「宮の渡し」「熱田の渡し」「七里の渡し」とも言って、東海道唯一の海路である。
 ここで1句と思ったが詠めなかった。吟行に来たかぎり1か所1句以上と思っているが、なかなか思うようにいかない。

 1500m歩北に進むと最後の吟行地熱田神宮に着く。人々からは、「熱田さま」「宮」と呼ばれ、日本武尊の草薙神剣が奉納されている。
 参道にはテントが張ってあり4斗入りの酒樽が山積みとなっていた。参拝客は思いのほか少ない。境内には「宮きしめん」の店があり繁盛していた。(吟行日H.31.1.14)

  
金毘羅に砂盛り上げて鳥総松   徒歩  青大悲寺
  寒鯉の水底の影相寄れり     酔雪  白鳥庭園
  松手入れ池に梯子をしかと立て  和嗣  白鳥庭園
  金泥の鰹木照らす冬夕焼     一紀  熱田神宮
  バラ銭を残らず投げて初詣    隆生  熱田神宮
     (新井酔雪記載)

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