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いぶきネットの四季


 いつも伊吹嶺HPを閲覧していただきありがとうございます。
 以前のこのコーナーは、わたしたち「伊吹嶺」の師である沢木欣一先生と細見綾子先生、そして「伊吹嶺」の顧問である栗田やすし先生の3名の俳句をテーマに、随筆風に書いた記事を掲載していました。

 令和3年1月からはその内容を改め、インターネット部員が行った吟行を俳句と写真を添えて紹介していきます。
 吟行は非日常のことです。そのために心が新たな気持ちになり、普段見慣れている物でも新鮮に感じられて句作につながります。このコーナーが皆様の良き吟行ガイドになり、吟行への誘いとなれば幸いです。

 沢木欣一先生と細見綾子先生、栗田やすし先生の俳句にちなんだ記事は、
下記の案内をクリックしてください。平成24年から29年の間連載され、俳句の鑑賞、思い出、あるいは季語にまつわる体験談などを俳句にちなむ写真を添えて書いてあります。

                       インターネット部長  新井酔雪

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令和3年7月

     犬山城下

 犬山市においては、毎年月第1土曜日・日曜日の2日間の犬山まつりがある。
犬山まつりの前日には例年、犬山文化協会文芸部主催で内藤丈草を偲ぶ俳句大会が催される。しかし今年度と昨年度はコロナ禍において俳句大会は中止となり、2年続きの誌上大会となった。

 大会当日に城下を吟行した後、選者の先生方々に選をして頂くことを心待ちに参加している人たちには残念なことであった。
大会当日の吟行はほとんどの人が会場の場所柄、犬山城より本町通りを南下、もしくは犬山駅から本町通を北上して吟行される人が多い。

コロナ後には催会されるであろう俳句大会のために大まかなルート案内をすることにする。


  
犬山城 → 三光神社城とまちミュージアム・犬山からくりミュージアム

  ④内藤丈草生誕地(丈草産井跡)西連寺先聖寺

     
  丈草句碑(犬山城正門前)   三光神社          先聖寺・唐門

    
涼しさを見せてやうごく城の松  丈草  (犬山城正門前)
    ながれ木や篝火の空のほととぎす 丈草  (先聖寺)


◆平成31年度第24回内藤丈草を偲ぶ俳句大会当日吟行句

    
格子戸を拭きこみて待つ春祭   千賀子
    花散らす風や丈草座禅石     隆生
    軒低き城下の路地や燕来る    勝子
    紋白蝶出を待つ山車を祝いをり  妙好
    つばめ来る城下に古き写真館   とし子

                      2021.4.6.18 酒井とし子 記)



令和3年6月

     徳川園・名古屋城

 2010年11月6日土曜日、俳人協会愛知支部の俳句大会が名古屋城近くのウイルあいちで開催され、当日講演された小澤實先生の案内係の栗田先生に矢野さんと熊澤がお供をしました。

 朝、ホテルへお迎えに行きタクシーで徳川園へ、庭を散策後園内のレストランで昼食。その後名古屋城を案内して会場までお送りするというスケジュールでした。レストランからは鯉が泳ぐ庭や松の手入れの様子等も見られ、気さくにお話して下さる小澤先生と話が弾みました。

   
鯉泳ぐ池に乗り出し松手入    和代

 小澤先生が宇佐美魚目先生を尊敬しておられる事や、栗田先生から小澤先生は季題の名手であるということも教えて頂き、貴重な体験でした。

 名古屋城では清正石、隅櫓、乃木倉庫等を案内致しましたが、当日は北西の隅櫓や乃木倉庫が開放中で、櫓から堀を泳ぐ鴨を眺めたり、倉庫の中をじっくりと見て頂けてよかったです。 

   
隅櫓より見下ろしに鴨の陣    和代

 俳句大会では矢野さんの句が大会賞となり忘れられない大会となりました。

   
一本の茶杓観に行く神の留守   孝子

 先日写真を撮る為に名古屋城へ出かけましたが、緊急事態宣言の為人出は数える程で、緑滴る中ひっそりとたたずむ隅櫓や乃木倉庫は風情があって良かったです。

   
鯱の無き天守に鳴けり梅雨鴉   和代
    
(吟行日 H22.11.6)(熊澤和代記)



       

令和3年5月

     小さな庭の四季

 我が家の小さな庭には華やかな園芸種でなく、地味な野草を好んで植えている。

 春になると、草花の芽吹きを屈み込んでは眺めて楽しんでいる。真っ先に咲くのは二輪草で、これは10年ほど前に東京の句友Kさんから頂いたもので、毎年花の数をふやし、楽しませて頂いている。

  朝の日に傾ぎてひらく二輪草       洋子

 また娘が植えた破れ傘も白い生毛をつけた芽生えから緑が濃くなって、傘が広がっていくのを見るのも嬉しい。

  やぶれ傘雫まとひて立ち上がる     洋子

 春の庭には他に二人静、狐の提灯、立浪草、えびね欄、アマドコロ、チゴユリ、ヒメイズイ、菫など狭いところにひしめき合っている。また低木のしどみの花(草木瓜の花)は母が好んでいたこともあり、大切にしている。

 夏には蛍袋、河原撫子、ゆすら梅の実、紫陽花が梅雨空を明るくしてくれる。

  ゆすらの実摘むや夕日に手を伸ばし    洋子

  長続きせぬ青空や額の花         洋子

 夏から秋にかけては、女郎花が長い間、咲き継ぎ、この花にいつも蟷螂が来て獲物を待っているのを見るのも楽しい。

 秋にはアサギマダラが好むという藤袴を植えてみたら、本当に飛んできたのは嬉しい。あとで町のアサギマダラを守る会の方に聞いたら、ここはアサギマダラの渡りの通過点だそうだ。

 さらに吾亦紅や釣鐘人参等、丈の長い草花が小さな庭に賑わっている。

  吾亦紅ひとつ紅濃き綾子の忌       洋子

 冬になると、植えた覚えのない檀の実、万両、実南天等が庭を明るくしてくれる。

 何の手入れもせず自然に任せている小さな庭も四季を通して息づき、癒やされている日々である。

                        (2021.5.1 国枝洋子記)

 
二輪草
 
二人静
 
梅にメジロ
 
しどみの花(草木瓜)
 
破れ傘
 
 
紫陽花(下は山紫陽花)
 
狐の提灯(宝鐸草)
 
白蛍袋
 
河原撫子
 
吾亦紅
 
藤袴とアサギマダラ



令和3年4月

   春の小諸懐古園(長野県小諸市)

 2019年3月「しなの句会」発足。翌月4月13日、長野県小諸市の小諸懐古園のさくら祭へ出かけました。メンバーはしなの句会3名(当時)と関東支部からのゲスト6人。

 園内に入ると早速寄生木ののった欅がお出迎え。

   
寄生木のふはりと欅芽吹きかな    幸子

 懐古園は日本で唯一の穴城(城郭が城下町より低い)の小諸城址で、天守閣はもうないけれど野面積みの石垣は見どころの一つです。

   
春の空苔被ひたる野面積       清明

 この時期はまだ桜の開花はほんの一分ほど、当日は梅が見ごろでした。

   
見上ぐれば梅満開や懐古園      あきを

 弓道の実演や野点、ガールスカウトによる募金活動など行われ、好天の園内はなかなかの賑わい。

   
残雪の浅間へ一矢放ちけり      一灯
   声を張る募金の子らや花一分     ひろ子


 懐古園は島崎藤村の詩「小諸なる古城のほとり」の舞台でもあります。

   
さえずりや遊子の道の道標      眞人

 「小諸なる~古城のほーとりに~♪」と歌を口づさみつつ進んでいくと、
藤村記念館や1817年当時藩主であった牧野康長が建てた武器庫の復元された建物、
虚子の句碑や、藤村の詩碑も見つけました。

   
たんぽぽや武器庫に褪せし木の大砲  一成

 そして急に開けた景色となりました。展望台から眼下に千曲川を臨むことができます。

   
雪解水湛へて千曲川(ちくま)耀へり      とみお
   花の城青き千曲川(ちくま)を見下しに     ゆう


 雄大な景観に息をのむ一同でした。(吟行日2019.4.13)(奥山ひろ子記載)


     
       千曲川          藤村詩碑         虚子句碑

令和3年3月

  武蔵野の早春  ~深大寺と神代植物公園~

 栗田やすし先生が句集『海光』で俳人協会賞を受賞され、平成22年2月23日、京王プラザホテルで授賞式が行われた。翌日、先生ご夫妻と有志は前関東支部長の中野一灯さんと関東支部の方々の案内で20名ほど深大寺と神代植物公園を吟行した。
 調布駅前に集合し、バスに15分ほど乗り深大寺に着いた。まずせせらぎの流れている水車小屋を見学。未央柳、蕗の薹など早春の花が咲いていた。芹の清楚な緑色と小川の水とが光り合い小さな蛇が泳いでいた。蕗の薹を見たつけ時には、真先に細見綾子先生の句が浮かんだ。

   
蕗の薹食べる空気をよごさずに  綾子

 清らかで不思議な花、蕗の薹。心のきれいな人でないとこのようには詠めないのではないか、そんなことを思いながら蕗の薹を写真に収めた。皆心躍らせながら深大寺の早春を満喫した。深大寺境内には句碑がたくさんある。高浜虚子の句碑、中村草田男の句碑、石田波郷と星野麥
丘人の師弟句碑、波郷の墓など見どころも多い。

   
波郷句碑までの坂道落椿     隆生
   梅が香に声の華やぐ深大寺    洋子

 そして神代植物公園へ。広い園内をボランティアガイドの説明を受けながらの散策であった。福寿草が満開で栗田先生の受賞をお祝いしているかのように思えた。黄色の明るい輝きを見つける度に、大地にこぼれている幸せの微笑みを見つけたようで嬉しくなった。

   
福寿草かくも群れ咲く苑に来し  やすし
   武蔵野の光あふれし福寿草    一古


 ここにも、あそこにも、と福寿草を見つけ、金縷梅をはじめとする樹々の間を縫い梅林へ。当時100種、180本の梅が自然の起伏を活かした園内に伸びやかに美しく綻んでいた。
 調布の街へ戻り、一灯さんお薦めのレストラン貸し切りで食事会と句会が行われた。
 この記事の抄出句は平成22年5月号の伊吹嶺誌に掲載されている。
 そしてコロナ禍の今、沢木・細見両先生がお住まいだった武蔵野、両先生がこよなく愛した武蔵野とその一帯をまた訪ねてみたいと切に思う。(吟行日H.22.2.24)(伊藤範子記載)

   
武蔵野にひとつ見つけし蕗の薹  範子

 句碑の句  萬緑の中や吾子の歯生え初むる   草田男
       吹起る秋風鶴を歩ましむ      波郷
       草や木や十一月の深大寺      麥丘人


  


令和3年2月

瀧山寺鬼まつり

 岡崎市滝町に鎌倉時代から800年に渡り続けられている天下泰平、五穀豊穣の火祭り。岡崎に居住し「瀧山寺鬼まつり」に詳しい新井酔雪さんの案内を受けて吟行する。

 参加者は国枝隆生さん、新井酔雪さん、松原和嗣さん、それに私安藤一紀の4人。

 初めての火まつりを現地で吟行、直会付きの夜吟で何時もと違った高ぶる気持ち。
厚着して午後3時に名鉄東岡崎駅バス乗り場に集合する。同所から米河内(よなごうち)行きの名鉄路線バスに乗車、臨時バスも出るがほぼ満員のバスに約30分で瀧山寺に到着。
徒歩の3分で仁王像(運慶快慶の作)のある吉祥陀羅尼山 薬樹王院 瀧山寺(天台宗)の三門に着く。
 すでに「松明行列」の出発を待つ十二人衆、孫鬼の子役と提灯に紋付き袴で帯刀姿の名主、白法被姿の祭り衆4~50人を取り囲んで見物の人出があり祭機運が盛り上がっている。程なく和太鼓の触れを合図に境内まで1kmの街道を「松明行列」が出発する。


→松明を運ぶ行列は境内へ 祭の幕開だ!  ほら貝、半鐘太鼓を「ほらーほい」の掛け声に合わせかき鳴らし参道を上がる 孫鬼面の子役さんから追儺飴を頂く…  → 境内での太鼓奉納 → 仏前法要 → お札振り → 鬼塚供養 → 豆まき → 庭まつり → 火まつり のスケジュール、途中で直会の精進料理を頂き、その場の庫裏で句会を行った。

 
地元消防団の放水で、本堂の屋根はもちろんずぶ濡れ、火災、延焼防止の措置“準備万端”です。
大迫力の「火まつり」は、是非とも現地で味わって下さい。
(吟行日 R.2.2.1)(安藤一紀記載)


    むつまじや孫鬼の撒く追儺飴     一紀
    本堂の床踏み鳴らす鬼やらひ     和嗣
    長刀の空を切りたる会陽かな     酔雪
    下萌に松明据ゑて祭待つ       隆生


R3年の「鬼まつり」一般観覧は中止


      


令和3年1月

  熱田神宮界隈

 初詣を兼ねて熱田神宮界隈を吟行した。メンバーは国枝隆生さん、安藤一紀さん、松井徒歩さん、松原和嗣さん、そしてわたし新井酔雪である。
 
行程は地図上で約4kmであるが、実際には13000歩強歩いているので9km近い。

   
・西高蔵駅(地下鉄)→高蔵公園→青大悲寺→段夫山古墳・白鳥古墳
     →白鳥庭園→宮の渡し公園→熱田神宮→名鉄神宮前駅


 西高蔵駅を出発し、高蔵公園を通って青大悲寺(せいだいひじ)に向かう。駅から500mほどで青大悲寺という尼寺に着く。この寺は如来教といって、この地の「きの」という女性が、享和2年(1802)に神懸かりになって開いた新興宗教である。原罪という概念を持ち、開祖の説法は御教様と呼ばれ名古屋弁である。この寺には室町時代に鋳造された鉄地蔵がある。県の指定文化財でありほぼ等身大である。
 
境内に入ると、金毘羅堂の前の盛り砂に松の枝が挿してあった。
「これは何?門松がわり?季語は松飾?」
「それは鳥総松といって、門松の後に門松の松を挿すんだ」と誰かが言った。
 まだまだ知らないことが多い。勉強になった。皆さん熱心に句帳に書き込んでいたが、わたしは1句も作れなかった。

 
次の断夫山古墳(だんぷさんこふん)は、青大悲寺のすぐ近くで熱田神宮の北側にある。柵がめぐらしてあり、一周してみる。雑木がこんもりと茂っている。東海地方最大の前方後円墳で国史跡指定である。
 250mほど南の白鳥古墳は熱田神宮の西側にある。この古墳は白鳥となってこの地に戻った日本武尊の伝説の墓である。一般には白鳥御陵とも呼ばれている。県内で最初に造られた大型前方後円墳であり、県下第3位の規模を誇る。古墳の隅のあちこちが宅地造成で削り取られていて残念に思った。

 白鳥古墳の西隣の白鳥庭園は、平成元年開催された世界デザイン博覧会のパビリオンの庭園として整備され、平成3年に完成・オープンした。 大きな池を中心に配置した池泉回遊式の日本庭園で、都市公園内の庭園としては東海地方随一の規模を誇る。
 池には錦鯉がいたが、冬なので動きは鈍い。そして、池の底は緑の絨毯を敷き詰めたように苔のような水草生えていて、そこに鯉の影がくっきりと映っていた。
「こんなに影がくっきりと。きれいだな」
「本当だ。緑に影がくっきりと。初めて見た」
徒歩さんは句帳を手に相槌を打った。
 庭園の松には雪吊がしてあった。
「名古屋はさほど雪が降らないのに、雪吊なんか必要ないのでは」
「観光用だよ。兼六園なんかの真似だね」
国枝さんがペンで雪吊の松を指した。
 ここは1年中楽しめる庭園で、吟行地としてなかなか良いと思った。休憩と句作を兼ねて汐入(しおいり)亭で抹茶を楽しんだ。

 白鳥庭園を後にし、南へ1kmほど行くと宮の渡し公園に着く。ここは「宮の渡し」「熱田の渡し」「七里の渡し」とも言って、東海道唯一の海路である。
 ここで1句と思ったが詠めなかった。吟行に来たかぎり1か所1句以上と思っているが、なかなか思うようにいかない。

 1500m歩北に進むと最後の吟行地熱田神宮に着く。人々からは、「熱田さま」「宮」と呼ばれ、日本武尊の草薙神剣が奉納されている。
 参道にはテントが張ってあり4斗入りの酒樽が山積みとなっていた。参拝客は思いのほか少ない。境内には「宮きしめん」の店があり繁盛していた。(吟行日H.31.1.14)(新井酔雪記載)

  
金毘羅に砂盛り上げて鳥総松   徒歩  青大悲寺
  寒鯉の水底の影相寄れり     酔雪  白鳥庭園
  松手入れ池に梯子をしかと立て  和嗣  白鳥庭園
  金泥の鰹木照らす冬夕焼     一紀  熱田神宮
  バラ銭を残らず投げて初詣    隆生  熱田神宮


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