この度、伊吹嶺顧問栗田やすし先生による第5句集『半寿』が角川書店より出版されました。
この句集には、平成20年より平成30年に至る11年間の作品のうち、340句が収録されています。そして、巻末には、平成10年より平成30年に至る21年間に沖縄で詠まれた作品のうち、160句が収録されています。これらの作品は、「伊吹嶺」誌に掲載された句やその他に発表した千余句の中から選ばれています。
句集の題名『半寿』は、耳慣れない言葉ですが、「半」の字を分解すると「八十一」になります。栗田顧問は、昨年6月13日に81歳になったところから、自祝の意味を込めて名付けられたそうです。
振り向けば一筋の道寒明忌 帯文の巻頭・自選
上記の句は、帯文の巻頭に掲載された句です。
松尾芭蕉晩年の「わが言い捨てし句々、一句として辞世ならざるはなし、遂に無能無才にしてこの一筋につながる」と言い放った言葉(『幻住庵記』)に通じる句だと思います。また、寒明忌は河東碧梧桐の忌日です。この句は、碧梧桐研究の第一人者である栗田顧問のこれまでの俳句人生を端的に表した句と言えます。
さらに、帯文には、「故郷を、師を、旅の感興をやさしい眼差しで詠う。赤富士を妻と仰ぎ、孫の進学を喜ぶ家庭人でもある。」とあります。句集『半寿』を読んでみますと、その通りだということが分かります。
以下、帯文に従ってそれに該当する句を抜粋して紹介します。
咲きゐるや遥か母郷の彼岸花 平成20年作
父母の亡きふるさとの山眠りをり 平成20年作
覚めてなほ母の声する春の夢 平成21年作
春落葉青年たりし父の墓 平成22年作
流灯の列先頭は父ならむ 平成22年作
母恋へば軒風鈴一つ鳴る 平成26年作
ここに紹介した句以外にも、ご両親を詠んだ句が多くありました。栗田顧問にとっての故郷とは、まさにご自身のお父様であり、お母様であることが分かります。
師は遠し赤富士妻と仰ぎ見る 平成20年作
富士見しと日記に書けり欣一忌 平成23年作
今もなほ師の手の温み綾子の忌 平成23年作・自選
綾子生家柱に凭れば秋の風 平成25年作
泰然と色変へぬ松欣一忌 平成27年作・自選
師を忍び買ふ焼栗の一袋 平成30年作
この他に師を詠んだ句は多くあります。どの句も師との思い出に繋がる句であり、栗田顧問の両先生を慕うお気持ちが綴られています。沢木欣一先生、細見綾子先生は、俳句の師であるとともに、人生の師であったとも言えるのではないでしょうか。
放牧の牛艶やかや隠岐の秋 平成20年作
実梅売るみすゞの町の乾物屋 平成21年作
妊りの土偶西日に掌を合はす 平成21年作
壁青きカフカの家や夏つばめ 平成24年作・自選
花奪ひどつと崩るる人やぐら 平成25年作
炎熱や被爆時計の針歪む 平成25年作
この句集で一番多いのは旅の句です。俳句の仲間やせつ子夫人とともに吟行されたときの句と思われます。
駆け寄つて来し合格の子と握手 平成23年作
旅立ちの妻を見送る懐手 平成24年作
笹鳴きを聴きしと妻のささやける 平成25年作
妻と乗るお紅の渡し花の昼 平成27年作
子は遠し飾兜を床に据ゑ 平成28年作
母の日の妻へ一輪庭の薔薇 平成28年作
家族の句では、お子様、お孫様を詠んだ句もありましたが、奥様を詠んだ句が一番多かったです。日常生活での奥様との関わりを詠んだ句以外にも、吟行にご一緒されたときの句も見受けられました。どの句も、栗田顧問の家族への温かい眼差しが感じられました。
みやらびの句碑をなぞれば春の雷 春・自選
トーチカに弾痕あまた梯梧炎ゆ 春
蜥蜴這ふ砲火に焦げし洞窟の口 夏・自選
負け牛の目の血走れる炎暑かな 夏・自選
絣織る音のこぼるる萩の路地 秋
月照らす首里王城に楽流れ 秋
赤土の幾万の霊甘蔗の花 冬・自選
甘蔗時雨入るを許さぬ自決豪 冬
この句集の一番の特色は、終章Yに「沖縄」篇を設けたことです。T〜Xの章は編年順ですが、「沖縄」は四季別に収録されています。沖縄の風物が詠まれていますが、一際目を引くのが、沖縄戦の戦跡の句です。一読胸を強く打つものがあります。あとがきには、「沖縄戦を思い戦跡を訪ねて詠んだ句を含んでいることから、はからずも鎮魂の章というべきものとなった。」とあります。
最後に、帯文に掲載されている自選句を紹介します。12句掲載されていますが、まだ紹介していない4句です。
ふるさとに旅人めきし冬帽子 平成21年作・自選
山積みの古書如何にせん木瓜の花 平成21年作・自選
厨の灯消せばにはかにつづれさせ 平成21年作・自選
慰霊の日礎にすがり婆泣ける 沖縄篇・夏・自選
発行所:公益財団法人 角川文化振興財団
発行者:宍戸健司
B6 ソフトカバー装
193頁 500句
定価:本体2300円+税 |
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