この度、内田陽子さんが、伊吹嶺叢書第56篇として句集『福寿草』を上梓されました。心よりお喜び申し上げます。
陽子さんの俳句との出会いは、小田二三枝さんに誘われ、蒲郡市文化協会主催の「初心者俳句教室」に参加したことに始まります。受講後、「三河」に入会。その後、牧野一古さんに誘われ「蒲郡句会」を見学しました。その句会で、生涯の俳句の師の一人と仰ぐ鈴木みや子先生に出会います。そして、みや子先生の凛とした姿に心打たれ、「伊吹嶺」に入会したのが平成13年のことです。このことから分かるように陽子さんには、俳句の師と呼べる方が何人もいます。陽子さんは、平成20年に同人となり、27年に句会「真帆」立ち上げ、指導者となりました。常に前向きな俳句への真摯な取り組みには頭が下がります。
句集の題名『福寿草』は、鈴木みや子先生に生前一度だけ褒められたという一句、
福寿草真砂の鉢にふくらめり 平成23年
に由来するそうです。
本句集は、平成4年から31年までの作品958句より337句が収められています。どの句も対象をよく見て、適切な言葉で表現された確かな写生句です。
句集『福寿草』の特色は、何といっても身辺詠が多いことです。中でもご家族を詠まれた句が多いです。ささやかなご家族との関りや出来事を切り取って、詩に昇華させています。
先ずは、ご両親を詠まれた句を紹介します。
麻羽織きりりと父の古写真 平成4年
父逝きし日の蟬の声一途なる 平成9年
癒えきざす母に春着の縫ひ上がる 平成20年
亡き母の蒲団で眠る月涼し 平成25年
どの句にも陽子さんの思いは書かれていません。しかし、その思いは季語や物に託されています。それがため、陽子さんのご両親への思いが、しみじみと伝わってきます。
次に紹介するのは陽子さんの伴侶を詠んだ句です。
うたた寝に夫掛けくれし秋袷 平成11年
目高の子無口な夫が覗きをり 平成13年
父の日や寝椅子に夫のコンサイス 平成28年
子等のこと夫と語らふ秋の宵 平成29年
互いに伴侶を思いやる熟年夫婦、家族を思いやる夫婦が詠まれています。そこには伴侶や家族を温かく見守る姿があります。
次はお子さんやお孫さんを詠んだ句です。
寒稽古終へし子の手を包みやる 平成4年
緊張の子の背をポンと入学式 平成5年
渡米する子の白靴を揃へ置く 平成6年
薄氷を踏みて受験子上京す 平成10年
冬苺首座る嬰を膝に入れ 平成16年
背なの子の寝息のぬくし梅日和 平成18年
風光る握力強き赤子かな 平成20年
昼寝の子表彰状を腹にのせ 平成21年
みどり子の拳ほぐるる良夜かな 平成28年
眠る子の頬かすかなる蜜柑の香 平成28年
家族の中でもお子さんやお孫さんを詠んだ句が最も多いです。当然と言えば当然なのでしょう。陽子さんの母性溢れる人柄が表れています。そこには作者の温かい慈愛に満ちた視線があります。
わたしが惹かれたご家族以外の身辺詠を紹介します。
手習ひの筆へまつはる冬の蠅 平成6年
鯉のぼり泳ぐ真下に産着干す 平成16年
初写真笑ひおくれてしまひけり 平成17年
数珠の手の打ち損じたる名残の蚊 平成27年
針舐めて指の棘抜く霜夜かな 平成30年
身の回りの中から詩を見つけ出す陽子さんの句作への姿勢は見習うべきものがあります。栗田先生の序文によりますと、「かけがえのない『時』を書き留めておく日常の過ごし方」をみやこ先生から学んだそうです。
吟行句にも素晴らしい作品があります。最後にそれらの句を紹介します。(新井酔雪)
燃え尽きしあと暫くの榾明り 平成13年
干し魚のみな口開けて冬うらら 平成19年
行く春の波ごと手繰る地引網 平成24年
地芝居の見得を切る子の指力 平成24年
絵茣蓙ごと赤子引き寄す漁師妻 平成27年
令和元年12月23日
発行所:豊文社出版
発行者:石黒智子
新書版 180頁
頒価1000円 |
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内田陽子さん近影
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〒443-0031
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内田陽子
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