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2022年5月号 俳日和(52)

   記念事業に向けて
                            
河原地英武

 ここ最近、句会の皆さんから沢木先生の足跡を辿る吟行会に出かけてきますとか、数名で下見に行ってきましたという話を聞くようになり、たいへん頼もしく感じている。コロナ禍以前には、このような行動力やフットワークの軽さが伊吹嶺の身上だったが、それがまた戻ってきたようでうれしい。句会ごとに行き先の割り当てがあるものの、これを義務的に受け止めると楽しさも減じてしまう。句会の仲間との親交を深め、自然を満喫するためのよい機会だというくらいの気持ちで企画していただけたら幸いである。わたしも時間が許すかぎり、飛び入り参加したいと考えている。

 本誌の裏表紙に掲載されている記念事業への果敢な参加も期待している。今回は「伊吹嶺」創刊25周年という節目にあたるので、「俳句」と「文章」の2本立てで、目下多くの皆さんの投稿を募っている最中である。締切まで、まだ3ヶ月の余裕がある。全会員が応募できる。長年伊吹嶺で学んでいる人はもちろんのこと、つい先日入会したばかりの方も大歓迎である。俳句の部について少々説明すれば、四季折々の吟行をとりまとめたものもいいし、懐かしい出来事の回想や、思い出深い1日のことを集中的に詠んだものも結構である。気負わず、伸び伸びとした心でご投句いただきたい。

 文章の部についていえば、本格的な俳句論や評論ばかりでなく、ご自身の回想記やゆったりとしたエッセイも対象としている。内容に関しても、俳句そのものを話題にしなくてはならないということではない。文章に俳諧味があれば、立派な応募作たり得る。すなわち俳文もお待ちしている。一度は文章に残しておきたいという事柄があれば、これを機にぜひまとめられてはいかがだろうか。「賞」ということにとらわれず、自分自身の楽しみとして、気軽に参加してくださることを切望している。

 
 


2022年4月号 俳日和(51)

  俳諧精神
                            
河原地英武

 
ロシア軍のウクライナ侵攻によって私の生活も一変した。ロシア政治の専門家ということで各方面から取材を受けたり、コメンテーターとして関西のテレビやラジオの生放送に出たり、講演や対談の依頼が来たり、文章を求められたりと、とにかく忙しくなった。情報収集のためロシア国内のメディアをフォローしてきたが、そのうち制限がかかりアクセスできなくなったので、親ロシア国のベラルーシーやカザフスタンのサイトにつないでニュースを視聴している。ロシア側の報道が信用できないことは百も承知しているが、偏向した情報からでも得られることは多々あるのだ。たとえばウクライナ政府軍のドンバス地方における動向などは日本では報じられない。

 戦争のことばかり考えているので、よく変な夢を見る。モスクワのクレムリンに潜入したりとか(ロシアの専門家ならプーチン大統領をとめてくださいよと学生に言われたせいか)、両親と廃墟のなかから戦闘機を見上げていたりとか、今朝もなにか禍々しい夢を見たが内容は忘れてしまった。

 そんな折、ある方が沢木先生の講演録をコピーしてくださった。平成5年5月、詩歌文学館で行なわれた「俳句と現代」と題するご講演の書き起こしである。先生は現代世界が乱世であり、動乱の時代であると断じ、このような時代こそ俳句は真価を発揮するのだと語っておられる。俳句を「お上品」な風流韻事などとあまくみてはならない。「現実の利害、利得というものを一切切り捨て」、無用に徹する強靭さこそが新の俳諧精神である。俳句には「毒がある」。その毒まで食らおうというのが俳諧の精神だというのだ。この言葉はわたしの心を奮い立たせる。来るべき苛烈な時代を生き延びるための精神の支柱として、俳句をとらえなおしたい。

 
 


2022年3月号 俳日和(50)

  勇 気
                            
河原地英武

 
若き日の沢木先生が中村草田男から多大な影響を受けたことは『塩田』「あとがき」に「俳句の詩としての在り方を強く中村草田男氏から開眼され……」と述べているとおりだが、わたしも遅まきながらその作品のすごさがわかりかけてきた気がする。草田男の句には気持ちを奮い立たせる力があるのだ。

 あえて1句を選べと言われたら、ためらわず〈勇気こそ地の塩なれや梅真白〉を挙げるだろう。自解によれば、「19年の春-13歳と14歳との頃から手がけた教え児達が30名『学徒』の名に呼ばれるまでに育って、いよいよ時代の火のルツボの如きものの中へ躍り出ていこうとする、『かどで』に際して、無言裡に書き示したもの」だという。

 この「勇気」に草田男はいかなる思いを込めたのか。そして彼の教え子たちは、この語の意味をどう解したのか。すこぶる興味がある。句に出てくる「地の塩」は、『新約聖書』「マタイ伝福音書 第5章」のなかのイエスの言葉「汝らは地の塩なり」に由来する。思えば戦時下に、敵国の主要宗教の教えを根幹に据えた俳句を詠むこと自体、勇気を要することだったにちがいない。

 もし座右の銘を問われることがあれば、「勇気」と答えることにしようと思う。いま一番ほしいものだからだ。といっても、反骨心のような社会的・思想的方面ではなく、もっとパーソナルな、生き方にかかわる問題なのだが……。年齢や日々の多忙を理由にしたくはないけれど、近年大きな目標に立ち向かおうという気構えが減退していることを痛感している。今年の目標をいくつか立ててはみたものの、着手するまえから早くも弱腰になっている始末だ。「マタイ伝」の第7章にも「門を叩け、さらば開かれん」とあるではないか。夢に向って門を叩く勇気を持たなくてはと、自らを鼓舞しているところだ。

 
 


2022年2月号 俳日和(49)

  多作多捨
                            
河原地英武

 
伊吹嶺に入会して5,6年経ったころ、ふと思い立ち、俳句を1日に10句ずつ作ることにきめた。藤田湘子が入門書のなかで、それを実行していると書いているのを読み、影響を受けたのではないかと思う。怠けた日もあったけれど、1年半ほどつづいた。そのうちに作品がマンネリ化し、だんだん粗製濫造の気味が出てきたので、今度はもっと丁寧に、心をこめて作ろうと若干考えを改め、ペースを落としはしたものの、基本的には多作多捨を自分の信条としている。

 さて、その「1日10句」の件だが、昨年10月から再開している。もう3ヶ月になるが、いまのところ1日も休んでいない。少なくとも今後1年は継続するつもりでいる。特にわたしの創作意欲が高まったからでなく、半ば以上は必要に迫られてのことである。本誌には毎月15句掲載しているけれども、それに加え、今年は1年間『俳壇』誌の「俳句と随想12か月」というコーナーを任され、毎回新作を7句載せることになったのだ。『俳壇』への発表作を本誌に転載することは一向に差し支えないのだが(むしろ記録として総合誌に載せたものを結社誌に再録するほうが一般的だろう)、あえてわたしは重複を避けようという少し片意地な目標を立てたのである。

 となると、少なくとも毎月、新作を22句発表しなくてはならない。その質を確保するためには10倍の数の句を書き留めておくことが必須である。1日10句作れば、月に300句になる。だが正直なところ、そのなかで自信作といえるのは3句あるかどうかだ。ほんとうに残したいと思える句は100句に1句もない。活字にしてよいと自ら許せる句は10句に1句といったところか。俳句が面白く、そして厄介なのは、会心の1句を得るためにはその10倍、100倍作らなくてはならない点ではないかと常日頃感じている。
 
 


2022年1月号 俳日和(48)

  「風」の精神
                            
河原地英武

 今年は「伊吹嶺」創刊25周年の記念事業がひかえている。わたしも気力を充実させ、その実現に向けて精一杯取り組んでゆきたい。皆さんのご協力とお力添えを切に願う次第である。記念事業のあらましは本誌の84~85ページに記されているとおりで、5つの目標が掲げられている。そのうちの2つに沢木欣一先生の名前が出てくる。最近入会された皆さんは、この名前にあまり馴染みがないだろう。そこで少々、沢木先生のことを記しておきたい。ちなみに本誌の題字も先生が書かれたものである。

 戦後復員した沢木先生(1919・10・6~2001・11・5)は、1946年に俳誌「風」を創刊された。「伊吹嶺」はもともと「風」の愛知県支部だったのだが、支部発足25周年を期して、栗田やすし先生が「風」同人・会員および有志によってスタートさせたのである。それゆえ、支部時代の前史を含めれば、「伊吹嶺」の歴史は50年ということになる。「伊吹嶺」は「風」の精神を受け継ぐ結社誌であることを今一度確認したい。われわれは先師が示された俳句のあるべき姿を「伊吹嶺」の原点として学び直し、これを自らの創作のための糧として役立てることが肝要だろう。25周年記念事業の趣旨もまさにそこにある。

 折好く先日、本誌編集長の荒川英之さんが『沢木欣一の百句』(ふらんす堂)を出版された。沢木先生の作品や俳句観を知るための最良のテキストとして本書を推奨する。できればここに出てくる百句を暗唱してほしい。巻末の論文「思想詩としての俳句」も卓論で、そのよどみのない文章はまるで沢木先生の魂が荒川さんに乗り移ったのではないかと思われるほど明快に先生の俳句観を浮き彫りにしている。わたしはこの本を読み、自分が「風」の精神につらなる俳人の1人であることに改めて誇りをもった。

 
 


2021年12月号 俳日和(47)

  句集出版
                            
河原地英武

 先日(10月16日)の「伊吹嶺」全国俳句大会では、次の方々の句集出版をお祝いした。藤田岳人さん(『藤田岳人集』)、奧山比呂美さん(『婚の鐘』)、櫻井勝子さん(『櫻井勝子集』)、櫻井幹郎さん(『菊月夜』)、中村たかさん(『雪解富士』)、伊藤範子さん(『蓮ひらく』)、そして鈴木英子さん(『京泊り』)の七名である(以上、出版順)。まことにめでたいことで、改めて祝意を表する。

 他の皆さんもぜひ続いてほしい。これは同人、会員を問わない。先輩がまだなのに、自分が出すのは時期尚早だなどという気遣いは無用である。1冊にまとめるには句数が足りないのではないかと危ぶむ人もいるだろう。一般に句集の収録数は250から350ほど(ちなみにわたしの『憂国』は300句ちょうど)。とりあえず、活字にした句が500もあれば句集は作れる。「伊吹嶺」誌に掲載されたものを中心に、俳句総合誌や新聞の投句欄に載ったもの、各種大会の入選句などを合算してくれたらけっこうだ。

 よし、来年は句集を出そうと決意することによって、作句意欲は一段と高まるだろう。また、句集を編むべく自分の作品を整理することで、あれこれと過去の記憶を新たにすることもできる。それはきっと楽しい時間をもたらしてくれるはずだ。特に奨めたいのは自註句集である。岳人さんと勝子さんの句集を開いてほしい。俳句とは自分が生きて来たことの証であり、自分史そのものだということが納得できるのではないか。それを1冊にまとめれば、家族や親族への唯一無二のプレゼントにもなるだろう。

 句集を編むための準備、選句、出版方法、費用など、わからないことは句会の指導者に尋ねるか、直接わたしに問い合わせてほしい。投句用紙の通信欄などに、句集出版を考えている旨書き添えて下されば、できるかぎりのサポートをするつもりでいる。

 
 


2021年11月号 俳日和(46)

  解釈以前
                            
河原地英武

 
鴇田智哉氏が句集『エレメンツ』(素粒社)の「あとがき」に「生えている句を作りたい、と思ってきた」と述べているのを読み、あの素朴にして摩訶不思議な句の数々はまさに「生えている」という形容がぴったりだなと合点した。たとえば〈壜にさすすすき電気のとほる家〉。表現は古風なくらい端正なのに、不可解である。大概の俳句は読んだとたんに意味がわかり、解釈が成り立つ。だが、鴇田氏の作品はこの解釈をできるだけ先延ばしさせるように作られている。だから不可解さが残像のようにいつまでも脳裏を離れず、わたしの意識下に根を張ろうとするのだ。

 この不可解さをさらに推し進めると怪異になる。佐藤春夫の「歩上異象」という短編小説は、むしろ怪談実話といった趣の小品だが(『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』平凡社所収)、夕暮れ時の野川の近くに、大人の背丈よりも高く、直径30センチほどの円筒形の空気の塊が、ものすごい速さで自転しているのを目撃した話である。それは蚊柱に似ているが、人に危害を加えるわけでも、追いかけてくるのでもない。ただ、不気味な生気を放ちつつ、そこに立っているだけなのだが、そのイメージが鴇田氏の言う「生えている句」と重なるのである。

 そこからわたしの連想は、ジャン・ポール・サルトルの『嘔吐』におよぶ。ベンチの下あたりの大地に、マロニエの根が深く突き刺さっている。それが、木の根という意味を剥奪されると、黒々と節くれだった、奇怪でぶよぶよとした、恐ろしい、淫らな裸身に変貌するのだ。合理的な解釈以前の、まだ名前のない、存在そのものが立ち現れたのである。哲学者はそのまえで嘔吐を催したのだが、もし彼が俳句をしていたら、そこで実存的一句を物したかもしれない。
 



2021年10月号 俳日和(45)

  俳句と異化
                            
河原地英武

 
文学理論の用語に「異化」とよばれるものがある。日頃見慣れた事物を非日常的なものとして表現する方法のことである。われわれはひとたび事物を概念化し、それに名前を与えると、自動的にそれを何々であると認識し、もはや見向きもしなくなる。事物を概念の枠から外し、それが何々であると了解する以前の、プロセスそのものに焦点を合せるのが文学の役目だというのである。20世紀初頭、ソ連の文学者ヴィクトル・シクロフスキーが提唱し、のちの構造主義や記号論に多大な影響をおよぼしたという。

 異化という言葉を知ったのは大学生のころである。当時、大江健三郎に傾倒し、彼の著作を片端から読んでいたのだが、そのなかの一冊『小説の方法』(岩波現代選書、1978年刊)に「異化」を説いた箇所があって、強く印象に残った。ほぼ40年ぶりにその本を取り出し、拾い読みしてみた。第1章が「文学表現の言葉と『異化』」で、シクロフスキーの次の一文が引用されている。「芸術は、ものが作られる過程を体験する方法であって、作られてしまったものは芸術では重要な意義をもたないのである。」そして大江は「知覚の自動化作用からのものの解放、その行為」こそが「異化」だと要約している。わたしはこれを俳句に引きつけて解釈し、改めて得心した。

 われわれが信条とする即物具象も異化と同義なのではあるまいか。すなわち事物を観念としてではなく、手触りのある生き生きとした実体として知覚し、描写することがその要諦であろう。見方によっては、季語とは観念である。特に古典から引き継がれた雅な言葉(季題)は様式美の結晶だといえる。その季語を使って俳句を作るとはどういうことか。それは、季語をその都度異化し、それに命を吹き込む営為にほかなるまい。少々哲学的に、そんなことを考えている昨今である。
 


2021年9月号 俳日和(44)

  汚さずに
                            
河原地英武

 
教師という職業にはジレンマがともなう。情熱を込め、知識以上のものを伝授しなくてはならないが、特定の主義・信条を押しつけることは厳に慎まなくてはならない。わたしが大学で講じている「安全保障論」は殊に気骨が折れる。日本の防衛政策や、憲法論議、領土問題や歴史認識問題など、センシティブな話題を避けては通れないからである。課外における個別の質問には割とざっくばらんに答えるが、授業時には極力中立を保ち、「反日」や「愛国」へ傾かぬよう自分なりにバランスをとっている。

 だが、ときには学生の思考にゆさぶりをかけるべく、挑発的な議論を仕掛けてみることもある。領土問題を取り上げた際には、大略次のように述べた。「われわれが領土問題で熱くなるのは、国家と自己を同一視し、日本という国家を亀の甲羅のように背負っているからだ。その甲羅を脱いで、自分を地球市民(コスモポリタン)だと思えば、領土をめぐる争いなどどうでもよくならないか。人間はたまたまこの地球に生れ落ち、束の間生きて死んでゆくのであって、だれもこの地球を所有できない。生あるあいだ、借りているだけである。そしてできるだけ汚さずに、これを次の世代に引き渡すのが現代人の役目ではないのか。個々の国家はその領土の所有者ではなく、管理者にすぎないと考えたらどうだろう。」授業後に回収したコメントシートには賛否両論書かれていたが、「コスモポリタン」という言葉に反応してくれた学生がいたのは少々嬉しかった。

 じつは「汚さずに」と語ったとき、わたしの念頭にあったのは細見綾子先生の〈蕗の薹喰べる空気を汚さずに〉という句だった。俳句的発想をすれば、この地球は人間のものですらない。生きとし生けるものが共存する場所なのである。わたしが「人間」という枠を取り払ったところで世界を認識するようになったのも、俳句の影響かもしれない。
 


2021年8月号 俳日和(43)

  電子辞書
                            
河原地英武

 
知のディレッタンティズムを気取るわけではないが、わたしの読書はジャンルを問わず、興のおもむくまま手当たり次第に読む流儀で、そのなかには相当数のマンガも含まれる。相性がよさそうだと思えば、その作家の本を片っ端から入手し、全集が出ていればそれも買ってしまう。そんなことを繰り返してきたので、自宅の二部屋が本に占拠され、巣立った子供の部屋も危うい状況だ。

 家内からは「とにかく本を始末して」と言われつづけてきたのだが、四年前に原因不明の頭痛に襲われ、一週間の入院を余儀なくされて以来、なぜだか読書欲が消え失せ、本の蒐集癖もぴたりと止んでしまった。本を買わなくなり、図書館を利用するようになった。だが、借りてきた歴史書や小説を開いても、数ページで気力がなくなるのだ。仕事に必要な文献を除けば、過去四年間に最後まで読み通した本がどれほどあったか、ほとんど記憶がない。あったとしても軽めのハウツー物くらいのものだろう。肩が凝りやすくなり、視力が悪化したことも一因にはちがいないが、つまりはこれが老化ということなのだなと、自分に言い聞かせていた。

 ところが最近、読書への欲求が戻ってきた。それも無性に長い物が読みたくてならないのだ。滞っている仕事からの現実逃避という面もありそうだが、それだけでもない気がする。まずは村上春樹の『騎士団長殺し』(文庫本四冊分)を読了し、現在は中国のSF作家・劉慈欣の『三体』シリーズ全五巻中の三巻目に入ったところ。ただし、紙の本ではない。いずれも電子書籍である。わたしが購入した掌サイズの電子書籍リーダー「Kindle」は重さが二〇〇グラム足らず。ここに数千冊分の本を収めることができる。わたしはいま、魔法のランプを手に入れたアラジンの気分で読書に勤しんでいる。

 


2021年7月号 俳日和(42)

  噺の枕
                            
河原地英武

 
落語家が前置きにする話を枕と呼ぶけれど、あれは聴衆の意識を自分に引きつけるためばかりでなく、本題の演目に出てくる難解なことばの解説も兼ねているのだそうで、けっこう重要な役割があるらしい。六代目三遊亭圓生はこのような「解説の枕」の達人として知られ、話術の巧みさと蘊蓄の深さは古今無双だったとか。その選りすぐりの六十五篇が『噺のまくら』という一書になっているが(朝日文庫、小学館文庫など)、わたしは文章読本としてこれを愛読したものだ。

 噺家の話芸と同列に論じるのはおこがましいが、われわれ大学の教師も授業に入るまえに枕をふることがある。わたしが学生のころは、枕だけで講義が終わってしまう豪快な先生もいた。だが、こんにちの教育現場では、シラバスどおりに授業を進行することが求められ(シラバスは教師と学生の契約なのだから、それをきちんと履行すべしという考え方が浸透してきたのだ)、枕や余談などの「話術」は不要なことと見なされるようになってきている。大学にかつてのおおらかさがなくなったと嘆く向きもあるが、わたし自身はこの趨勢に順応し、このごろは始業のベルが鳴り終わると、ちょっと事務連絡をしたあと(それが枕がわり)、さっさと本題に入ることにしている。

 ところで、俳句にも枕にあたる部分があるような気がする。前書のことではない。たとえば「見下ろせば」とか「車窓より」とかいった、自分の動作の解説や居場所の説明である。それは本当に必要なものなのか。自己と事物の出会いによって起こる感動だけを言語化すれば十分で、それを仮に「純粋俳句」と名付けてみたい。枕抜きの本題のみの俳句である。しかし、それを突き詰めてゆくと、俳句は結局、季語さえあればよいということになりかねない。それではオチにならないようだ。

 


2021年6月号 俳日和(41)

  ロートル
                            
河原地英武

 
現在務めている大学の教員になったのは1990年、31歳のときである。まだソ連も崩壊していなかったし、インターネットは専門家だけのものだった。ただわたしは新し物好きだったので、学生時代から電話回線を使ったパソコン通信に熱中しており、研究室にも自費でパソコンを入れ、流行の先端を追いかけていた。

 そうこうするうちに学内にも現代化の波が押し寄せ、全教室・研究室にパソコンが取り付けられ、事務連絡もメールでのやり取りが主流となり、授業でもすこしずつAIが活用されるようになっていった。同じ学科の還暦過ぎの教授は「僕はロートルだから、もうついていけない」が口癖だった。われわれ若手の教員は、仲間内でその口癖を真似してはおかしがっていたものだ。

 その先生はとっくに定年退職し、いつのまにか、わたし自身が還暦を越えてしまった。そして今、教室に行くことが不安でしかたない。授業自体はお手の物だ。いざとなれば何の準備がなくても、廊下を歩いている数分で話す内容を組み立て、90分間、何も見ずに講義することも平気である。何しろ30年も教壇に立ち続けているのだから。

 問題は教卓に設置された機器である。コロナ禍対策のため、この4月から教員は、全担当科目を自分でビデオ録画し、学内のネットで配信することが義務づけられた。授業を始めるまえに、あちこちのスイッチを押してその準備をするのだが、毎回手順を間違え、学生たちを待たせながら一人あたふたする始末。

 それをどこかから聞きつけたのか、同じ学科の若い先生が授業まえにわたしの教室にやって来て、手助けしてくれるようになった。こんなふうに労ってもらい、有難いやら申し訳ないやら。つくづく自分はロートルだと思うことしきりである

 


2021年5月号 俳日和(40)

  日本語の音
                            
河原地英武

 今春からロシア語の勉強を再開している。とはいっても方法は簡単で、学生時代に使った中級レベルの読本を毎日十ページずつ、時間にして三十分ほど音読するだけである。暗記しようなどという無理はしない。しかし同じテキストを何度も繰り返し読んでいるせいで、目が文字を追うまえに声が出てくる。対話文なら声色を使い、ニュース記事であればアナウンサーになったつもりで読み上げるのだ。

 このやり方はロシア語学科の学生だったころ、飯田規和先生に教えてもらった。ネイティブスピーカーと同じ速さか、それより少し早口で、テキストを読む。途中でつかえたら最初に戻って読み直す。それを繰り返し、一度のミスもなく終わりまで行けたらその課はクリアしたことになる。こんなふうに声を張り上げて外国語の文章を読んでいると、頭のなかの靄が晴れるように気分が明るくなる。

 じつは日本語の文章を読むときも、心のなかでいつも声を出している。あるいはむしろ、筆者の想像上の声を聞きながら読んでいるというべきか。そんなだから一字一句もとばすことができず、読書にはかなり時間がかかる。ものを書く場合は、ほんとうに小声を出す。先に書いたところを音読しながらでないと次の文が思い浮かばないのだ。妻に「何ぶつぶつ言っているの」と笑われたこともある。

 作句や選句の際にも、知らず識らず声を出している。俳句は短いし、漢字の視覚的効果は絶大だから、ぱっと見ただけで意味はわかる。だがわたしには、意味と同じくらいに語調やリズムが重要なのである。もっと正直にいえば、自分の呼吸に合わない句はなんだかなじめず、心地よくないのだ。わたしは俳句に対しても、音読による快感を求めているらしい。ほかの人はどうなのだろう。

 


2021年4月号 俳日和(39)

  音 読
                            
河原地英武

 今春からロシア語の勉強を再開している。とはいっても方法は簡単で、学生時代に使った中級レベルの読本を毎日十ページずつ、時間にして三十分ほど音読するだけである。暗記しようなどという無理はしない。しかし同じテキストを何度も繰り返し読んでいるせいで、目が文字を追うまえに声が出てくる。対話文なら声色を使い、ニュース記事であればアナウンサーになったつもりで読み上げるのだ。

 このやり方はロシア語学科の学生だったころ、飯田規和先生に教えてもらった。ネイティブスピーカーと同じ速さか、それより少し早口で、テキストを読む。途中でつかえたら最初に戻って読み直す。それを繰り返し、一度のミスもなく終わりまで行けたらその課はクリアしたことになる。こんなふうに声を張り上げて外国語の文章を読んでいると、頭のなかの靄が晴れるように気分が明るくなる。

 じつは日本語の文章を読むときも、心のなかでいつも声を出している。あるいはむしろ、筆者の想像上の声を聞きながら読んでいるというべきか。そんなだから一字一句もとばすことができず、読書にはかなり時間がかかる。ものを書く場合は、ほんとうに小声を出す。先に書いたところを音読しながらでないと次の文が思い浮かばないのだ。妻に「何ぶつぶつ言っているの」と笑われたこともある。

 作句や選句の際にも、知らず識らず声を出している。俳句は短いし、漢字の視覚的効果は絶大だから、ぱっと見ただけで意味はわかる。だがわたしには、意味と同じくらいに語調やリズムが重要なのである。もっと正直にいえば、自分の呼吸に合わない句はなんだかなじめず、心地よくないのだ。わたしは俳句に対しても、音読による快感を求めているらしい。ほかの人はどうなのだろう。

 


2021年3月号 俳日和(38)

  連作の効用
                            
河原地英武

 伊吹嶺に入会するすこし前のことだが、俳句が気になり出し、小西甚一著『俳句の世界』(講談社学術文庫)を読んだ。そのなかに「生存する作家を史的叙述のなかに採りいれることは、たいへん困難であり無理でさえある。(中略)しかし、山口誓子だけは例外とする。昭和俳人のなかで、確実に数百年後の俳句史にも残ると、いまから断言できるのは、かれ一人である」という記述を見出し、俄然誓子に興味をもった。さっそく『自選自解 山口誓子句集』(白鳳社)を入手し、熟読した。

 誓子の作品の哲学に通じる深い洞察と言葉遣いの精緻さにすっかり魅了され、俳句に対するそれまでの認識が一変した。自分でも無性に句が作りたくなり、インターネットで見つけた伊吹嶺のサイトに投句をし始めたのである。栗田先生が『山口誓子』(おうふう)の著者であることもネットで知り、不思議な縁を感じた。

 誓子の句のなかでは〈夏の河赤き鉄鎖のはし浸る〉に圧倒された。ここに込められた独自の時間感覚と鉄鎖の存在感に驚かされたのである。その印象はいまも変わらない。この句は第三句集『炎昼』に収められている。「夏の河」と題された連作五句の冒頭にある。当時の誓子は連作と呼ばれる作句方法を実践し、一つのテーマで数句、ときには十句以上を発表していた。連作「夏の河」の他の四句についてはめったに言及されることがないし、記憶している人もほとんどいないだろう。だが、それらなくしては「鉄鎖」の句も生まれなかったのではあるまいか。

 一対象に一句では、意識は静止したままである。連作とはこの意識を「動」の状態にし、その運動から生じる勢いのなかで句を作る方法なのだろう。連作として公表するか否かは別として、一つのテーマ、一つの句材でたくさん詠む効用は大きいと思われる。



2021年2月号 俳日和(37)

  肯定的関係
                            
河原地英武

 パソコン作業中の息抜きによくユーチューブで音楽を視聴しているが、最近のお気に入りは鬼束ちひろの「月光」だ。テレビドラマの主題歌にもなったから知っている人も多いはず。サビの部分で英語の歌詞を交えつつ「この腐敗した世界に堕とされた」「こんなもののために生まれたんじゃない」「どこにも居場所なんて無い」というフレーズを繰り返すとき、ちひろの顔が般若面のように見え、自分が生きる世界を全否定するほかない人間の心の痛みが突き刺さるように伝わってくるのである。自己と世界との関係を、たとえ絶望的なものにせよ、とことん突き詰めてゆくのが真のアートなのだろう。

 俳句もまた同じだと思う。自分と句材である対象との関係を、季語を軸に突き詰めてゆき、極限に至ったとき一句が成立するのだ。ただし俳句におけるその関係は、あくまでも肯定的なものでなくてはならないとわたしは信じている。

 師走のある日、京都府立植物園を一人吟行した。無残なくらい枯れ果てたカンナの一群があった。夏に来たとき、あれほど誇らしげに咲いていた花の変貌ぶりに気が滅入った。俳句をやっていなければ、一瞥して通り過ぎてしまうところだが、あえてこれを詠んでみようと思い立った。

 だらしなく垂れ下がった葉に触れたり、萎れて生気のない花弁をちぎって指でしごいたりしているうちに、ふと土色の葉が艶を帯び、光沢を放っていることに気づいたのである。それは我が家のリビングのワックスがけしたフローリングを想起させた。リビングはわたしにとって心地よい場所だ。それが枯れたカンナと結びつき、〈床板の艶にカンナの枯れてをり〉という句ができた。このとき、自分とカンナとのあいだに肯定的な関係が生まれたように感じ、何だか晴れ晴れとした気持ちになった。



2021年1月号 俳日和(36)

  ささやかな決意
                            
河原地英武

  この一年を振り返るにつけ、なんと主体性のない怠慢な時間を過ごしてしまったことかと慚愧に堪えない。前半は新型コロナウイルス禍に翻弄され、日常生活のペースがめちゃくちゃになった。勤務先の授業はオンラインに切り替わったが、そのノウハウがわからず、ひたすらパソコンに向かい悪戦苦闘する毎日。月に数回出かけていた句会も軒並み中止となりメール方式になったが、これもパソコン画面上でのやり取りで、「座の文芸」ならではの温もりが今一つ実感できない索漠たる思いを禁じ得なかった。

 後半は徐々にペースをつかみ、政府の専門家会議が提唱する「新しい生活様式」にも慣れてはきたが、やる事なす事がルーティンワークと化し、毎日ノルマをこなすだけでくたびれてしまうのだった。夜更かしの常態化もいけなかった。それが一因で気持ちの張りを失ってしまったように思われる。新型コロナウイルスとの闘いは長期化の様相を呈している。となれば腹をくくり、自分自身で工夫してメリハリのあるライフスタイルを作らねばなるまい。消耗するだけの暮らしからは何も生まれない。

 まずは俳句の実作。一昨年来わたしは吟行のおもしろさに目覚め、戸外で出会う事物や動植物とじっくり向き合うようになった。すると芭蕉が「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」、「物の見えたる光、いまだ消えざる中に言ひとむべし」(『三冊子』「あかさうし」)と説いた意味がおぼろげながらにわかってきた気がしたのである。これをさらに突き詰めてゆけば、自分が希求する俳句の姿がはっきりと見えてくるのではないか。外出自粛を口実に、つい机上であれこれ言葉をやりくりするだけの句作に陥りがちだったが、俳句を頭のなかだけで作ることを脱却しなくてはならない。俳句は「自分の外側」にある。今こそこの考えを徹底化しようと意を決している。



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