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過去の俳日和(2018年~20年)



2021年6月号 俳日和(41)

  ロートル
                            
河原地英武

 
現在務めている大学の教員になったのは1990年、31歳のときである。まだソ連も崩壊していなかったし、インターネットは専門家だけのものだった。ただわたしは新し物好きだったので、学生時代から電話回線を使ったパソコン通信に熱中しており、研究室にも自費でパソコンを入れ、流行の先端を追いかけていた。

 そうこうするうちに学内にも現代化の波が押し寄せ、全教室・研究室にパソコンが取り付けられ、事務連絡もメールでのやり取りが主流となり、授業でもすこしずつAIが活用されるようになっていった。同じ学科の還暦過ぎの教授は「僕はロートルだから、もうついていけない」が口癖だった。われわれ若手の教員は、仲間内でその口癖を真似してはおかしがっていたものだ。

 その先生はとっくに定年退職し、いつのまにか、わたし自身が還暦を越えてしまった。そして今、教室に行くことが不安でしかたない。授業自体はお手の物だ。いざとなれば何の準備がなくても、廊下を歩いている数分で話す内容を組み立て、90分間、何も見ずに講義することも平気である。何しろ30年も教壇に立ち続けているのだから。

 問題は教卓に設置された機器である。コロナ禍対策のため、この4月から教員は、全担当科目を自分でビデオ録画し、学内のネットで配信することが義務づけられた。授業を始めるまえに、あちこちのスイッチを押してその準備をするのだが、毎回手順を間違え、学生たちを待たせながら一人あたふたする始末。

 それをどこかから聞きつけたのか、同じ学科の若い先生が授業まえにわたしの教室にやって来て、手助けしてくれるようになった。こんなふうに労ってもらい、有難いやら申し訳ないやら。つくづく自分はロートルだと思うことしきりである

 


2021年5月号 俳日和(40)

  日本語の音
                            
河原地英武

 今春からロシア語の勉強を再開している。とはいっても方法は簡単で、学生時代に使った中級レベルの読本を毎日十ページずつ、時間にして三十分ほど音読するだけである。暗記しようなどという無理はしない。しかし同じテキストを何度も繰り返し読んでいるせいで、目が文字を追うまえに声が出てくる。対話文なら声色を使い、ニュース記事であればアナウンサーになったつもりで読み上げるのだ。

 このやり方はロシア語学科の学生だったころ、飯田規和先生に教えてもらった。ネイティブスピーカーと同じ速さか、それより少し早口で、テキストを読む。途中でつかえたら最初に戻って読み直す。それを繰り返し、一度のミスもなく終わりまで行けたらその課はクリアしたことになる。こんなふうに声を張り上げて外国語の文章を読んでいると、頭のなかの靄が晴れるように気分が明るくなる。

 じつは日本語の文章を読むときも、心のなかでいつも声を出している。あるいはむしろ、筆者の想像上の声を聞きながら読んでいるというべきか。そんなだから一字一句もとばすことができず、読書にはかなり時間がかかる。ものを書く場合は、ほんとうに小声を出す。先に書いたところを音読しながらでないと次の文が思い浮かばないのだ。妻に「何ぶつぶつ言っているの」と笑われたこともある。

 作句や選句の際にも、知らず識らず声を出している。俳句は短いし、漢字の視覚的効果は絶大だから、ぱっと見ただけで意味はわかる。だがわたしには、意味と同じくらいに語調やリズムが重要なのである。もっと正直にいえば、自分の呼吸に合わない句はなんだかなじめず、心地よくないのだ。わたしは俳句に対しても、音読による快感を求めているらしい。ほかの人はどうなのだろう。

 


2021年4月号 俳日和(39)

  音 読
                            
河原地英武

 今春からロシア語の勉強を再開している。とはいっても方法は簡単で、学生時代に使った中級レベルの読本を毎日十ページずつ、時間にして三十分ほど音読するだけである。暗記しようなどという無理はしない。しかし同じテキストを何度も繰り返し読んでいるせいで、目が文字を追うまえに声が出てくる。対話文なら声色を使い、ニュース記事であればアナウンサーになったつもりで読み上げるのだ。

 このやり方はロシア語学科の学生だったころ、飯田規和先生に教えてもらった。ネイティブスピーカーと同じ速さか、それより少し早口で、テキストを読む。途中でつかえたら最初に戻って読み直す。それを繰り返し、一度のミスもなく終わりまで行けたらその課はクリアしたことになる。こんなふうに声を張り上げて外国語の文章を読んでいると、頭のなかの靄が晴れるように気分が明るくなる。

 じつは日本語の文章を読むときも、心のなかでいつも声を出している。あるいはむしろ、筆者の想像上の声を聞きながら読んでいるというべきか。そんなだから一字一句もとばすことができず、読書にはかなり時間がかかる。ものを書く場合は、ほんとうに小声を出す。先に書いたところを音読しながらでないと次の文が思い浮かばないのだ。妻に「何ぶつぶつ言っているの」と笑われたこともある。

 作句や選句の際にも、知らず識らず声を出している。俳句は短いし、漢字の視覚的効果は絶大だから、ぱっと見ただけで意味はわかる。だがわたしには、意味と同じくらいに語調やリズムが重要なのである。もっと正直にいえば、自分の呼吸に合わない句はなんだかなじめず、心地よくないのだ。わたしは俳句に対しても、音読による快感を求めているらしい。ほかの人はどうなのだろう。

 


2021年3月号 俳日和(38)

  連作の効用
                            
河原地英武

 伊吹嶺に入会するすこし前のことだが、俳句が気になり出し、小西甚一著『俳句の世界』(講談社学術文庫)を読んだ。そのなかに「生存する作家を史的叙述のなかに採りいれることは、たいへん困難であり無理でさえある。(中略)しかし、山口誓子だけは例外とする。昭和俳人のなかで、確実に数百年後の俳句史にも残ると、いまから断言できるのは、かれ一人である」という記述を見出し、俄然誓子に興味をもった。さっそく『自選自解 山口誓子句集』(白鳳社)を入手し、熟読した。

 誓子の作品の哲学に通じる深い洞察と言葉遣いの精緻さにすっかり魅了され、俳句に対するそれまでの認識が一変した。自分でも無性に句が作りたくなり、インターネットで見つけた伊吹嶺のサイトに投句をし始めたのである。栗田先生が『山口誓子』(おうふう)の著者であることもネットで知り、不思議な縁を感じた。

 誓子の句のなかでは〈夏の河赤き鉄鎖のはし浸る〉に圧倒された。ここに込められた独自の時間感覚と鉄鎖の存在感に驚かされたのである。その印象はいまも変わらない。この句は第三句集『炎昼』に収められている。「夏の河」と題された連作五句の冒頭にある。当時の誓子は連作と呼ばれる作句方法を実践し、一つのテーマで数句、ときには十句以上を発表していた。連作「夏の河」の他の四句についてはめったに言及されることがないし、記憶している人もほとんどいないだろう。だが、それらなくしては「鉄鎖」の句も生まれなかったのではあるまいか。

 一対象に一句では、意識は静止したままである。連作とはこの意識を「動」の状態にし、その運動から生じる勢いのなかで句を作る方法なのだろう。連作として公表するか否かは別として、一つのテーマ、一つの句材でたくさん詠む効用は大きいと思われる。



2021年2月号 俳日和(37)

  肯定的関係
                            
河原地英武

 パソコン作業中の息抜きによくユーチューブで音楽を視聴しているが、最近のお気に入りは鬼束ちひろの「月光」だ。テレビドラマの主題歌にもなったから知っている人も多いはず。サビの部分で英語の歌詞を交えつつ「この腐敗した世界に堕とされた」「こんなもののために生まれたんじゃない」「どこにも居場所なんて無い」というフレーズを繰り返すとき、ちひろの顔が般若面のように見え、自分が生きる世界を全否定するほかない人間の心の痛みが突き刺さるように伝わってくるのである。自己と世界との関係を、たとえ絶望的なものにせよ、とことん突き詰めてゆくのが真のアートなのだろう。

 俳句もまた同じだと思う。自分と句材である対象との関係を、季語を軸に突き詰めてゆき、極限に至ったとき一句が成立するのだ。ただし俳句におけるその関係は、あくまでも肯定的なものでなくてはならないとわたしは信じている。

 師走のある日、京都府立植物園を一人吟行した。無残なくらい枯れ果てたカンナの一群があった。夏に来たとき、あれほど誇らしげに咲いていた花の変貌ぶりに気が滅入った。俳句をやっていなければ、一瞥して通り過ぎてしまうところだが、あえてこれを詠んでみようと思い立った。

 だらしなく垂れ下がった葉に触れたり、萎れて生気のない花弁をちぎって指でしごいたりしているうちに、ふと土色の葉が艶を帯び、光沢を放っていることに気づいたのである。それは我が家のリビングのワックスがけしたフローリングを想起させた。リビングはわたしにとって心地よい場所だ。それが枯れたカンナと結びつき、〈床板の艶にカンナの枯れてをり〉という句ができた。このとき、自分とカンナとのあいだに肯定的な関係が生まれたように感じ、何だか晴れ晴れとした気持ちになった。



2021年1月号 俳日和(36)

  ささやかな決意
                            
河原地英武

  この一年を振り返るにつけ、なんと主体性のない怠慢な時間を過ごしてしまったことかと慚愧に堪えない。前半は新型コロナウイルス禍に翻弄され、日常生活のペースがめちゃくちゃになった。勤務先の授業はオンラインに切り替わったが、そのノウハウがわからず、ひたすらパソコンに向かい悪戦苦闘する毎日。月に数回出かけていた句会も軒並み中止となりメール方式になったが、これもパソコン画面上でのやり取りで、「座の文芸」ならではの温もりが今一つ実感できない索漠たる思いを禁じ得なかった。

 後半は徐々にペースをつかみ、政府の専門家会議が提唱する「新しい生活様式」にも慣れてはきたが、やる事なす事がルーティンワークと化し、毎日ノルマをこなすだけでくたびれてしまうのだった。夜更かしの常態化もいけなかった。それが一因で気持ちの張りを失ってしまったように思われる。新型コロナウイルスとの闘いは長期化の様相を呈している。となれば腹をくくり、自分自身で工夫してメリハリのあるライフスタイルを作らねばなるまい。消耗するだけの暮らしからは何も生まれない。

 まずは俳句の実作。一昨年来わたしは吟行のおもしろさに目覚め、戸外で出会う事物や動植物とじっくり向き合うようになった。すると芭蕉が「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」、「物の見えたる光、いまだ消えざる中に言ひとむべし」(『三冊子』「あかさうし」)と説いた意味がおぼろげながらにわかってきた気がしたのである。これをさらに突き詰めてゆけば、自分が希求する俳句の姿がはっきりと見えてくるのではないか。外出自粛を口実に、つい机上であれこれ言葉をやりくりするだけの句作に陥りがちだったが、俳句を頭のなかだけで作ることを脱却しなくてはならない。俳句は「自分の外側」にある。今こそこの考えを徹底化しようと意を決している。



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