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2022年7月号 俳日和(54)
 
  書巻の気

                             河原地英武

 幽霊や心霊現象のたぐいに遭遇したこともなければ、それを信じる気持ちもないのに、怪談実話などが妙に好きで、面白そうな本が出るとつい買ってしまうし、ネットでその種の動画や映画をちょくちょく見てもいる。夜中にトイレに行けなくなるくらいに、あるいは後ろを振り向くことすらできないほど怖がらせてほしいと思うのだが、このごろ何を読んだり視聴したりしてみても、さっぱり恐怖をおぼえない。作り手のマンネリズムを見透かしているせいか、わたし自身の感覚が鈍磨してきているためか。

 ウクライナにおける悲惨な戦禍をみれば、おぞましいのは生身の人間であって、それに比べたら、恨めし気にたたずんでいる幽霊のほうが人情味もあるし、孤独を癒してくれる優しい存在なのではあるまいか。佐藤愛子さんの『冥途のお客』(文春文庫)を読了し、ますますその思いを強くしているところである。ここに書かれていることは紛れもない心霊体験だが、「この世よりあの世の友達の方が多くなってしまった」(大正12年生まれの98歳)というだけに、霊たちへの接し方が思いやりに満ち、何とも心地よい。「向うさん(霊魂の方)にしてみれば、威嚇するつもりも怖がらせてやろうとも思っていない。」浄化出来ないのでここにいるのですと訴えているだけなのに、「勝手に仰天して腰を抜かしたり、興奮して塩を撒いたりされたのでは、ただただ哀しいばかりであろう」との言葉に少々しんみりしてしまった。

 思えばわたしの部屋にも何百という霊がひしめき合っているのではないか。棚に押し込まれ、床に積み上げられている本たちが、書巻の気を立ち昇らせているのに、いつの間にかそれにさえ気づかなくなっていたようだ。これらの書物は、ページを開かれることもなく長年忘れ去られ、さぞ恨めしい気持ちでいることだろう。