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2020年10月号 俳日和(33)
 
  安東先生

                             河原地英武

 学生時代にきちんと受講しておけばよかったと悔やまれる授業はいくつかあるけれど、安東次男先生の「日本文学概論」もその一つである。19歳のわたしにはちんぷんかんぷんの内容で、何しろこちらは連句が何かも知らないのに、いきなり「別座鋪」の巻の芭蕉の発句〈紫陽花や藪を小庭の別座鋪〉が取り上げられ、今の紫陽花を思い浮かべたらこの句は全く解釈できないこと、江戸時代の紫陽花は4枚の花弁状の萼をもつ額紫陽花であって、これは座敷に集う4人を見立てたものだというようなことが説明された。そこだけはよく覚えているけれど、あとはぼんやりと聞き流し、次の週の授業はさぼって、2週間ぶりに顔を出したら、まだ同じ句を論じておられた。

 あるとき、わたしの席の後ろのほうで男女がぺちゃくちゃとおしゃべりしていた。すると、安東先生が突然教壇から降りてきて、その男子学生の髪を鷲づかみにし、そのまま机に頭をがつんがつんと2度ばかり打ち据えたのだ。教室全体が凍りついたのは言うまでもない。今ならこんな体罰は許されまい。まあ、当時でも行き過ぎだと思うが。実際いかにも恐そうな先生で、こめかみのあたりが絶えずぴくぴくと痙攣しているような雰囲気であった。何かというと山本健吉を引き合いに出し、「あいつは文化勲章がほしくて仕事をしているからだめだ」とくさしていたことも記憶に残っている。そのせいで今でも山本健吉があまり好きになれない。

 大学卒業後、何年も経ってから、パソコン通信で知り合った仲間と連句を巻くことになり、すこし勉強しようと安東先生の『連句入門』を購入して読み始めた。そして、これこそが学問だと啓示を受けたように思った。そのあくなき探究心とダイナミックな解釈に敬服し、自信にみちた語り口にすっかり魅了されたのである。