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2024年11月号 俳日和(82)
 
  助詞の力

                              河原地英武

 経験上、俳句は動詞を省くと引き締まる。動詞は字数を食うし、句を冗長な説明調にしてしまうきらいがあるからだ。動詞を省略するために重宝するのが助詞である。「氷山の一角」というたとえがあるけれど、「一角」が助詞で、海面下に隠れた部分が動詞だといえばわかりやすいだろうか。たとえば「○○へ」と書けば、そのあとに「行く」や「向かう」といった運動の方向を示す動詞が来ることは自明である。

 某句会で〈秋海棠畳に淡き影落とす〉という句を出したところ、ある人が「落とす」は言わなくてもわかるから無くしてはどうかと指摘してくれた。もっともな意見で、後日自分なりに推敲し、〈あはあはと畳に影を断腸花〉という形に落ち着いた。助詞「に」と「を」の力を借りて「落とす」という動詞を消すことができたのである。

 少し用心したいのは助詞「に」である。これを安易に用いると、句が理屈っぽくなり、停滞した感じもするからである。今一度拙句を例にとれば、当初〈青空に吸はるるやうに秋燕〉と詠んでみたが、どうも勢いに欠ける。「に」の重複もよくない。そこで〈青空へ吸はるるやうに秋燕〉と一字を直して、納得した。ただし今度は整いすぎて、類句がありはしないかと気になるところだ。

 わたしが助詞「に」に自覚的になったのはだいぶ以前のことである。本誌の2007年4月号で櫻井幹郎さんがわたしの句評を執筆され、「英武作品では『に』の多用が目についた。……作者の詠み癖はその作家としての特色であっても、作品を狭く固めたりマンネリになりがちな心配はあり、『に』を消していく姿勢や推敲も、少しは必要なのかも知れない」とご教示くださったのである。これをわたしは本当にありがたく受け止め、ことあるごとに思い出しては自身の推敲の糧としている。