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2026年7月号
俳日和(102)
結社と師系
河原地英武
何年俳句をやっていても、俳句結社という呼称にはなかなか馴染めない。その四角四面な語調が俳句に今一つそぐわない気がするからだ。しかしこれはれっきとした俳句用語のようで、『現代俳句大事典』(三省堂)によれば、「一定の文学理念の下に、主宰者を戴き、俳句雑誌を出すことを目的として集まった作家集団を指す。俳句雑誌を出していない俳人の集団は、ふつう結社とはいわない」とある。一般に用いられるようになったのは近代以降の由。この定義にもう一つ付け加えるとすれば、師系を大切にする集団だと言えるのではないか。師系とは、その結社がいかなる俳人の理念に連なるかを示すものだ。わたしはこの師系が俳句結社においてすこぶる重要だと考えている。師系が結社の素性を明らかにするという狭い意味ではなく、もっと広い文脈のなかでそう考えるのである。
たとえば「伊吹嶺」は、沢木欣一先生が創刊された「風」の理念を基本に据えた結社である。すなわち沢木先生を師系とする。ところで師系を一本の糸のように直線的にとらえることも可能だが、わたしはむしろ、地中に深く根を下ろし、多くの枝葉を付けた大木をイメージする。わたしにとって沢木先生と細見綾子先生は先師であって、現在の師は栗田やすし先生である。ただ、この三師を単に直線で結んで師系とするのでなく、それぞれの師に影響を与えた俳人や詞華集等をも包摂した系列のなかに自分を置いてみたいのである。
沢木先生は芭蕉を偉大な先達として仰がれ、他方で、沖縄古来の歌謡集である「おもろさうし」を研究して句を作られた。細見先生は松瀬青々に師事された。そして栗田先生は河東碧梧桐研究の第一人者である。わたしは先生の著作を通じて、碧梧桐のみならず、正岡子規や高濱虚子についても多くを学んだ。こうした事情を体系的に俯瞰し、「伊吹嶺」を俳句史全体のなかに位置付けること、そして自分自身が俳句史のなかに生きること、これこそが師系を尊ぶことの真の意義なのではなかろうか。